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宝塚バプテスト教会HP管理人

2024.5.5 CS

福音に共にあずかる

1コリント 9:19〜27


だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました

 キリスト者の自由

 自由だけれども、他者のためにあえてこの自由を捨てる

 自由であるがゆえに、自由を捨てる自由もある

 奴隷の道を選ぶ自由もある

 偶像に献げられた肉を食べてよいかどうかの結論

  自由に食べて問題ないが、食べるべきではないと思っている弱い者のために食べない

 

ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。

 自分は律法に支配されていないが、あえて律法に支配される人のようになった

 信仰によって、自分の生き方、考え方を相対化することができる

 キリスト者の自由、自分からも自由になる


律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました

 律法を持たない人=異邦人

 律法は絶対ではない

 律法を守ることは救いの条件ではない

 律法からの自由=これが福音


弱い人に対しては、弱い人のようになりました

 義務の問題、参加しないといけない

 奉仕の問題、奉仕しないといけない

 献金の問題、什一献金しないといけない

 できない人もいる 

 上から目線で裁いてはいけない


福音のためなら、わたしはどんなことでもします

 自分の誇りや高ぶりや救いのために福音を伝えるのではない

 福音のためであって、自分のためではない

 自己実現のための奉仕の危険性


自分のからだを打ちたたいて服従させます

 他人ではなく、自分のからだを服従させる

 体を打ち叩かなくては、間違った方向へ走ってしまう

 信仰で人を打ちたたいてしまう


キリスト者の自由

 「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも服しない」

 「キリスト者はすべてのものに仕えるしもべであって、だれにでも服する者」

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