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2025.3.23 CS

  • 宝塚バプテスト教会HP管理人
  • 2025年3月23日
  • 読了時間: 2分

幼子や乳飲み子たちの賛美

マタイ 21:12-17


それから、

 イエスのエルサレム入城の後

 熱狂的に迎えられ、大騒動となった


神殿の境内に入り

 異邦人の庭


売り買いをしていた人々を皆追い出し

 神殿の中で礼拝をするために必要な動物、鳥、硬貨

 ユダヤ人のため


わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべき

 イザヤ56:6〜7(旧1154)

 イスラエルの民は自分たちは神の民という特権意識を持っていた

 ところが、「異邦人が・・・守るなら」「わたしの家はすべての民の祈りの家と呼ばれる」と書かれている

 神殿とはユダヤ人にとっての祈りの場であった

 すべての民が祈るのは新しいエルサレムにおいて

 

強盗の巣にしている

 エレミヤ7:9〜11(旧1188)

 神殿に来て、礼拝をし、救われたと言っている人々が、一方で「盗み、殺し、姦淫し、偽って誓い、バアルに香をたき、知ることのなかった異教の神々に従いながら、」普段の生活をしている。

 強盗の巣にしているのと同じではないか

 敬虔な顔をして教会に集っていても、普段の生活において、神の目から逸れた荒れ果てた生活をしているのなら、強盗の巣と同じ

 礼拝が礼拝となっているか

 自分のための祈りだけになっていないか


目の見えない人や足の不自由な人たちがそばに寄ってきたので

 障がい者は清くない者として、異邦人の庭までしか入れなかった

 これを取り除くためにイエスは癒やされた

 礼拝できない者を礼拝者としてくださった


子供たちが何と言っているか、聞こえるか

  「ダビデの子にホサナ」は神への冒涜

 イエスをダビデの子とすることが神への冒涜


礼拝者とされる

 礼拝者になるのではなく、礼拝者にされる


あなたは賛美を歌わせた

 あなたは賛美の歌を整えられた(聖書協会共同訳)

 詩編8:3(旧840)

 神が賛美を整えられる


宮清め

 私たちは神の神殿

 祈りの家となっているか

 イエスさまが私たちの心の神殿に立ち寄られたならどう思われるか

 
 
 

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