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2026.2.15 CS

  • 宝塚バプテスト教会HP管理人
  • 2月15日
  • 読了時間: 2分

昔の人の言い伝え

マルコ 7:1〜23


手を洗ってから出ないと食事をせず

 衛生面からではない

 神の民として身を清く保つことが大切

 異邦人と接触すると手が汚れる

 汚れた手で食物を手に取って口に入れるなどとんでもない

 神の民としての正しい生き方、清さこそ大事との考え

 神は清いから、自分たちも清くないといけない

 手を洗わないなんてとんでもない

 なぜ弟子たちは手を洗わなかったのか?

  うっかりしていた?

  どちらでもよいと思った?

  あえて?


神の前の清さ

 私たちも清くありたい、清くあらねばと思う

 清さに無頓着な人を見て裁いてしまう


口伝律法

 言い伝え


どちらでもよい

 アディアフォラとは、ストア派哲学やキリスト教学における用語

文字通り「無関心なもの」「どちらでもよいこと」を意味する

 どちらでもよいと言われると悩んでしまう

 他人はどうするだろうかと他人が気に掛かる

 かと言って勝手に決められると束縛を感じる

 礼拝形式もアディアフォラであるが、定めないと落ち着かない


偽善者

 律法学者は自分が偽善者だと分かっていたか?

  口伝律法を守ることが自分を清く保つ方法だと真剣に信じていた

  見せかけではない


コルバン

 神への供え物

 これはコルバンと宣言すれば、それを渡さなくてもよかった

 場合によっては、父と母を敬えという十戒を無にするもの

 自分自身をコルバンとせよ

 キリストが私自身をコルバンとしてくださった


人を汚すもの

 聖とされることと俗とされること

 自分の心から汚れた思い、汚れた言葉が出てくる

 汚れた自分を自分で清めることはできない

 だからイエスさまが必要


しきたりへの固執

 自分の正当性、努力を失いたくない思い

 
 
 

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