創世記 2:4b〜17
生きる者となる
土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた
元素から人はできている
塵から造られた存在に過ぎない
しかし、命の息が吹き入れられたので、神のかたちという崇高な存在となった
自分を誇るのではなく、神を誇る
人はこうして生きる者となった
生きているか?
神の命によって生きている
神の使命に生きる
使命とは命を使うこと
自ら形づくった人をそこに置かれた
神から遣わされた
この時代の、この場所に
そこを耕し、守るように
耕す(abad)レオブダー、サービス
仕事、奉仕、仕える、世話をする、礼拝するの意
労働とは本来神への奉仕、礼拝
罪の結果の労苦ではない
あなたがたは神の畑、神の建物なのです。(第一コリント3:9)
心の大地を耕し、守ることは私たち人間に与えられた大切な仕事
善悪の知識の木
神の試験?
神の命令に従えるかどうか
ルシファー事件があったから?
罪の本質は、神から自立して自分が神になること
100あるものの中で1つだけ禁止されるとその1つが気になって仕方ない
食べると必ず死んでしまう
神との断絶が起こる
霊的な死のこと
命の木があるから死なない
私たちは神の如く善悪の判断ができると思い上がってはならない
しかし神のかたちにかたどって造られ、キリストの似姿へと変えられつつあることを忘れてはならない
キリストによって既に命の木が与えられた
心を耕すこと、これが日課
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