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2023.3.12 CS

  • 宝塚バプテスト教会HP管理人
  • 2023年3月12日
  • 読了時間: 2分

気を落とさずに

ルカ 18:1~8


17章20節からの「神の国はいつ来るのか?」という問答の続き

「その日」裁かれる

⇒弟子たちは気を落とした

絶えず祈る

 神の最終的報復(終末)についての祈りのこと

 ここで扱われているのは一般の祈りのことではない

不正な裁判官

 ローマに支配された中での現実

 不正と賄賂が横行

やもめ

 法的・社会的保護から漏れた存在

 人を人とも思わない裁判官がやもめの訴えに耳を傾けるはずがないとは考えなかった

まして神は

 神は不正な裁判官ではない

 暗闇(不正な裁判官が統治)においても光は射す

速やかに

 タクース=遠からず、遅からず、すぐに

 神の計画における「すぐに」

 神のタイミング

 自分が考える「速やかに」ではない

 神の「その日」は来る

 その日は今ではない

 カイロスであってクロノスではない

信仰を見いだすだろうか

 「神が選民のために裁きをつけないと言うことは決してない」という信仰が

 「その日」、見られるだろうか?

  いや決して見つけられない

神は裁かれる御方

 神に先立って裁いてはならない

 忠告は良いが

 人を裁いている限り真の平安は来ない、溜飲を下げることはできても

 私たちはどこまで行っても不正な(自分勝手な)裁判官

 検察官・牧師・政治家モード(Think Again)

神は私たちの祈りがひつこいので祈りを聞かれるのではない

神の御心を自分の人生に落とし込み、受け止めるための祈り

 
 
 

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