神に聞き従う
イザヤ 50:4〜11
弟子としての舌
弟子=主によって教えを受けた者たち
私たちの舌は弟子としての舌であらねばならない
自分の舌であることがいかに多いことか
疲れた人を励ますように
疲れた人を励ます言葉を語るために舌が与えられている
朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし
朝ごとに=毎朝、毎朝
耳を呼び覚ましてくださる
朝ごとに私たちは耳を呼び覚ましてもらう
何よりも大事なことは聞くこと
医師は聴診器を当てて聴くことから始める
弟子として聞き従うようにしてくださる
弟子として聞き従うようになるのは神の働き
神によって整えられる
整えられなくては聞き従うことはできない
今日も弟子としての一日が与えられた
わたしの耳は開かれた
神によって耳が開かれる
耳を閉ざしていないか
何に対して耳が開かれるか
神の教えに対して
神の教えを理解すること
神の教えを十分に聞くこと
目が開かれたではなく、耳が開かれた
逆らわず、退かなかった
逆らいたくなる、退きたくなる、しかし退かなかった
神に言葉をしっかりと聞いていたから
わたしはそれを嘲りとは思わない
主への信頼ゆえ
侮辱かどうかは主が判断される
わたしが辱められることはない
決して失望に終わることはないとの確信
闇の中を歩くときも、光のないときも、主の御名に信頼し
主の光が見えないときであっても、主に信頼する
自分で燃やす松明によって
自分の光に頼るのではなく、主の光に頼る
松明=燃えさし
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